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2004年10月28日

「○○を承知で」の意味

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<イラク邦人人質>「なぜこの時期に…」

危険を承知で~する
無理を承知で~する

など、わかっちゃいるが~するってことがあるけれども、実際、何を「承知している」のだろう?承知するということは、どういう意味なんだろう?承知したら、何をすべきなんだろう?とときどき考える。

現在引っ越し先を探している自分の場合、「一方の部屋からは線路が見え、電車が走る音が聞こえる。もう一方の部屋は大きな道路がある。さらに玄関のドアの上に屋根がない。お風呂はユニットバスだから、トイレと一緒。それを承知で引っ越す」というのが身近な例。この場合、考えられるリスクは

  • 夜、電車は通らないので静かだけど、自動車の騒音は24時間であり、昼間はダブルでうるさい。
  • 大きな道路に直接面しているわけではないけれど、ベランダに洗濯物を干すとしたら、排気ガスに晒される可能性がある。
  • 雨が降ったとき、出入りが大変。台風のような風雨が強い日は、ドアを開けたとたん吹き込んでくる可能性がある。下手したら、またポスト部分や隙間から、雨が入ってくる可能性が高い。
  • ゴシゴシ爽快に体を洗えない。

かな。つまりそれを受け入れる→不平を言わない ことになるのかな。騒音に負けない覚悟。騒音対策で何かいい手があれば使いたいけど、絶対無理だし。間違いなく不平でるだろうな。ストレスになるだろうな。内装はそこそこだし、広さも使い勝手もよさそうだけど、やっぱ、イヤかも=その物件は諦める。と思うのであった。

イラクにおける命の危険とはまるで比較にならないかもしれないけど。彼は何をどう承知したのかしら。死んでもいいと思ったってことかな。何かの使命を胸に秘めていたのかしら。救出が最優先だけど、やっぱり考えてしまうんだよね。

投稿者 suzumari : 2004年10月28日 07:52

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コメント

この問題で混同されてしまうのが、「国の義務」と「人としての責任」。
退避勧告があっても、行くのは「人としての責任」(死んじゃうかもよー)ということだけど、
救助しなくちゃいけないのは、パスポートを発行してる以上、国にとっては「義務」なんだよね。

前回の人質のときも思ったけど、
救助する価値があるかないかの判断を
国がする「権利」はなくて、国民の救助が「義務」。
「国の義務」の問題と、「自己責任論」をごっちゃにすると
ややこしくなると思います。

それにしてもコイズミたん大変だなと思った…。

投稿者 : 2004年10月28日 13:30

国はね、有無を言わさず助け出すことに全力を注ぐのが義務なんだよね。これまでの経緯を踏まえれば、一言二言言いたいお役人さんがいるのは仕方ないけどね。
もうあまり言うことがないっていう人も多いような気がした。どちらかというと「・・・・・(-_-)」な状態なんだろうな。

ところで台風はどうなった台風の被害は!
報道がめっきりなくなっちゃったね。水に浸かってどろどろでろでろで住居を失った人たちがたくさんいるんだよね。

まじコイズミたん、死なない程度に全力でがんがってくれと思うよ。

投稿者 ま : 2004年10月28日 13:41


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