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2004年05月27日

映像からうける印象

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もしかすると、じっとこらえて耐える映像に共感しやすいんじゃないか>日本人

「家族による感情まじりの政府に対する抗議」という映像は、イラクの人質事件のときもそうだったけど、激しければ激しいほど映像として流れたあとの反発も大きいようだ。先に拉致された3名の家族への反発は大きかったけど、後の2名の家族はほとんど語らずだったから(まー先にあれだけ騒がれれば、余計なことは言わないほうがいいと学習しただろうけど)、特に反発する感情は生れなかったよなぁ。

今回の拉致問題も、結局誰にも会えなかった曽我さんの「耐える姿」に対して抗議する人はいなかったんじゃないかと想像。想像だけどね。あくまでも。根っこでは同情したり、共感したりできても、テレビから流れてくる絵としては「怒号」「激高」みたいなものに対しては反発しやすいじゃないのかしらん。AとBの構図で、「Bの態度は一体なんだ!」と思えば必然的にAへの共感へ流れてしまう。票みたいに。

家族会の中で、いつも激辛コメントを投げつけていたスポークスマンを務めていた人のコメント映像はほとんど目にしなかった代わりに、クローズアップされたのは情報を得られなかった家族だったような気が。もし今までの彼が相変わらずの批判口調で展開したら、反応もまた変わってたかも……と。みんな映像としては見慣れてる光景だから。

そして、ご家族のみなさんが怒りの涙を流しながら、マイクを向けられてもじっとこらえていたら、国民は小泉批判に回ったかも。だけどマイクの前で、大演説をぶちまけた方もいた。その逆に今回小泉さんのほうが疲れた顔してたよね。家族会には怒りの「エネルギー」を感じ、小泉さんには「疲れ」を感じ取った。しかも立場上、真っ向から反論しない。黙って耳を傾ける。まさに耐える映像。

弱ってる?と感じるほうに気持ちは傾きがちだもん。
理屈ではなく、予測された反応として考えると、こりゃ一本とられたかも!って思った。

「おしん」を生んだ国、日本。

投稿者 suzumari : 2004年05月27日 05:39

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コメント

それってまさに判官贔屓。

投稿者 Dr.Spock : 2004年05月27日 12:16

ははは。まさにまさに判官贔屓ですな。

「感情」をコントロールすることが一番たやすいということを、政府はよくご存知だなとつくづく思う。2手・3手、先読みをよくされておる。よく言えば演出がうまい。悪く言えば……てとこでしょうか。

投稿者 ゆ : 2004年05月27日 13:34

ま~ね~。

でも多かれ少なかれ、知らないうちにそうやって感情は動いてる。
エンターテインメントにしてもなんにしても
無意識に誰もがそうやって感情を動かされてると思うよ。

だから一連の報道(のされ方)をみてると
マイクむけられたからといって
なんでもかんでもぶちまければいいってもんじゃないなとつくづく思うね。
かなり危険。

大部分の人が触れることができるのは、
そうやって報道される情報でしかないんだから。

投稿者 ま : 2004年05月27日 13:47

報道する側の姿勢の問題があると思う。

そもそも、被害者の会サイドは、準備の整わない首相の訪朝には反対だったわけで、その声明はきっちり出してた。あれだけ立場の違うひとたち(家族の奪回ができることが可能な人と、消息さえつかめない人の立場は雲泥の差がある)が、そういう合意に達して声明を発表したというのは、ものすごい重いことなんじゃないかと思った。その「重さ」も、もっと加味する想像力が、圧倒的に今の日本には足りないと思う。そういう思いやれる状況が作れない報道そのものに、わたしはうんざりします。

この関連は、かじる程度にしかニュースを見てないし、実はYahooのニュースくらいしかネットも見てないです。だから、深い部分はよくわからないです。浅い理解なりにニュースを見て感じることは、「怒っている背景」には、どんなことがあったんだろうか…と感じこそはすれ、気分を害されることはなかったですよ。

投稿者 ゆ : 2004年05月27日 14:11


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